kindle unlimitedついての雑感・ラノベ編


ブログを更新するネタが思いつかないので、ライフハックもどきに手を出すという醜態。言い訳をするなら、kindle unlimitedの使い勝手が最高になったときが、物語系創作物を扱っている日本の出版社が完全にアマゾンの軍門に下ったときであり、その途中経過を記録しておくのも多少は意味があるのではと思った次第。

8月18日現在の話をすると、ラノベジャンルは2644件中、キルタイムコミュニケーションが578件、フランス書院が406件を占めていて、二次元ドリーム文庫美少女文庫のいわゆる男性向けジュブナイルポルノ勢(海王社も7件ある)が二大巨頭として存在感を占めている。

次にくるのがプランタン出版(フランス書院とも言う)の222件でこちらは女性向けのジュブナイルポルノ*1、194件のスターツ出版は和製ハーレクインだと理解しておけばまず間違いないだろう*2

要するに現状のところ半分はエロ小説である。おすすめのジュブナイルポルノを書くのはただの性癖暴露なので、現象として面白いものを一つ上げておくと、竹内けんのハーレムシリーズなどは世界でも珍しい官能小説群ではないかと思う。
その次に来るのが小学館の177件で、こちらは全てガガガ文庫ということになる。一巻目を無料にして、2巻目からは有料という方針が基本的には取られている。*369件のホビージャパンHJ文庫、68件の講談社ラノベ文庫なども同様の戦略を採用しているので、これから新規に電撃、富士見、スニーカーあたりがラインナップに加わてきた場合でも、しばらくは一巻のみ無料という形がデフォルトになるのではないかと予想される。
その中で異彩を放つのが一迅社80冊のうち、11冊を占める『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』シリーズなのだが、他のラインナップの大半が少女小説系の一迅社アイギス文庫を出典にするところから見て、敵罪適所という言葉が頭を過らないでもない。
59件のフロンティアワークス、45件のマイクロマガジン社、58件のToブックス*4なんかはWeb小説を書籍化したものがメインで、こちらは一巻目だけ対象なのではなく最新作の一つか二つ手前まで無料になっているケースが多々見受けられる。あとWeb小説ではないけど、オーフェンシリーズも大盤振る舞いされている。

個人的な意見としては、Web小説を守備範囲に収めないラノベ読みは、月1000円分古本屋で100円台のラノベ背取ってた方が、現状では満足度が高い。既に絶版になっている作品たちが加ってくるかが今後の鍵になるかとは思う。円城の『プロローグ』とか読んだ感じだと、絶版した古めの本を電子書籍化するのは単純に作業コストだけを見ても、なかなか大変そうなので、遡って2、3年が限界というような気もするが。

おそらく小説編か漫画編に続く。

*1:35件のコスミック出版も似たテイストか

*2:56件のイースト・プレス、50件の竹書房はざっとみた感じファンタジーものも現代ものも両方やっている様子

*3:鳥葬シリーズとか全部読めるが

*4:出版社項目にはないが一定数あるので

7月7日

だいたい、小説とかアニメとかのことを書くブログを予定しているのだけど、

時期も次期もなので例外から。

比喩的表現として手元にデスノートがあったとして、議員先生の名前を全て列挙したとしたら、この国が善い方向に進むと思うかと問われれば、否と答える。

誰でもいい場所に、ずっと居続けているという事実*1が政治家の権力を支えているのであって、それが奪い去られてしまった後に残るのは、集票力を持つ組織の利害を反映する傀儡の群れである可能性が高い。もちろん、当選回数を重ねて操り糸から半ば自由になった人々が、国民の利害という巨視的立場ではなく、個人の利害という顕微鏡的立場でものを考え始めるというのも見慣れた喜劇ではあるわけだが、そこは政治家各位の人間力を信じるしかない。*2

結局、ネット上では「人民は、自分たちは自由だと思っているが、それは大間違いである。彼らが自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれてしまうと、彼らは奴隷となり、何ものでもなくなる。」などと賢しらさをアピールしつつ、ボクたちは選挙に行くべきだし、行くしかないのだ的エチカに反論するのは困難だと呟きながら投票行っとくのが、現状での最適解なのだろう。

で、ここからが本題なのだけど、今からゼロベースで代議制民主主義を構築しようとしたとき、現代の技術水準であれば、議員の活動を24時間一定以上のレベルで記録し続ける可能であり、そうするべきではないかという議論になるだろうと思う。セキュリティ上の問題は、収録と公開との間に時間差をもうければ問題無いわけだし、金には色がついていない云々も、おそらくこのままのペースで電子マネーが普及していけば、色をつけれるようになる日も遠くはない。

言うまでもなく、イタチごっこにはなる。ただボクたちは、政治の話をするのに未だにしばしば古代ギリシャなりローマに遡ったりするわけだけど、古代の人々が政治家に求めた人間的な徳の半分くらいは技術的に強制できる地点にいるはずなのだ。そして、間違いなく、あと10回選挙を繰り返したとしても、政治家たちはおそらく規正法か規制法かみたいな次元の議論から出てこようとはしないだろう。この差を埋める策の名をボクたちはまだ知らない。

*1:あるいは惰性、もしくはシステムのハブ部分を交換する際のコスト

*2:武力によったとしても、結局、損なった正当性を組織の支持によって補填する必要があるだろうから、結果は変わらないだろうと愚考する。軍隊だって四六時中、弾をぶっ放してるわけにもいかないわけだし。

所感。

世界はもっと面白くても良かったし、そうあるべきですらあった。

ボクたちはあまりに言葉に淫し過ぎて、人を信じ過ぎなかったのではないかと思う。

世界の退屈さについて、確かにボクたちは責任を負っている。

合言葉は「実は俺、なにも考えてないんだよ」でいきたいと思います。以上。